ミシガン州に住んで丸8年。5年前にデトロイト市内に引っ越しました。デトロイトのことや、自分のこと、大好きなマライアのことなどについてのブログです。(photo by nasa)


by dice_michigan
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1999年、23歳 その1

3月に無事大学を卒業。この大学で過ごした4年間は、非常に中身の濃いものになった。新しい学部なのに創始者の意思を受け継いだチャレンジ精神にあふれるところで、「世の中を変えて行きたい」というような人たちが集まったエネルギッシュなところだった。カミングアウトというある意味第二の思春期を克服する過程では、人間関係や学生生活に悩んだり、疎外感や孤独感、心的疲労などから鬱気味になったりしたことがあったが、卒業する時期になると仲のよい友達も数人できて、幸せな気持ちで卒業を迎えることができた。

卒業後は国際交流団体での事務バイトも時間を増やし、週4日ほとんどフルタイムで働くことになった。内容も少しずつ責任のある仕事を任されるようになって、やりがいのある楽しい仕事ができた。一緒に仕事をした上司たちとの相性も抜群で、週末なども一緒に出かけたり、飲みに行ったりするようになった(今でも彼女たちとは機会があるごとに会っている)。この間にした仕事が、就職をしなかった僕にとっていい社会経験になったし、後に大学院に進んだときにもこの時の経験を土台にして勉強することができた。毎日渋谷へ通勤できたのも楽しい経験だった。

話が前後するが、卒業前から留学の準備は着々と進み、TOEFLも630点で問題なし、推薦状も教授や上司に書いてもらい、出すべき書類が全て揃っていた。Dの勤務候補地がニューヨークかオースティンだったため、僕の留学先もその2都市に絞った。希望の専攻は、外国語教授法もしくはTESOL。ゼミで勉強したことをさらに深く掘り下げて学ぶつもりだった。

ところが、人生というのはおもしろいもので、NYU(ニューヨーク大学)からは合格通知をもらったが、本命であるUT(テキサス大学)へはGPA(平均成績)が低かったため入ることができなかった。ちょうどその直後、下見も兼ねてオースティンへ来ていたので、大学に直接足を運んで直談判してみたのだが、それも効果なし。この時ほど「ちゃんと勉強してもっといい成績を取っておけばよかった」と思ったことはなかった。その頃にはDがオースティンに住むことがほぼ決定していたので、NYUに進学する可能性もなくなってしまった。

しかたなく、オースティンにいる間に他の大学を回ってみることにした。いろいろ探し回った末に見つかったのが、わが母校St. Edward’s University。規模は小さめで、全国的には知名度がほとんどない学校だが、オースティンの人に聞くと「あーあそこはすごくいい学校だよねー」という反応が返ってくるようなところだった。カソリックの大学だったので、「これはカソリック教徒のうちの母にも受けがいいかも」と下心丸出しの僕。バスを使ってキャンパスに行ってみると、なんともかわいらしい校舎とフレンドリーな雰囲気が気に入った。早速入学課のオフィスへ行ってオフィサーと話をしてみた。

オフィサーはアメリカ人だったが、話を聞くとなんと彼は昔僕の出身大学に1年間交換留学生として来ていたとのこと。こういう偶然って、ただの偶然とは思えず、何かしら縁があって導かれてきた気がした。説明を聞くと、この学校の一番のお勧めプログラムはMBAとのこと。「ビジネスかー、ビジネスマンになるなんてあまり考えてなかったしなー」と初めはあまり乗り気ではなかった僕だったが、じっくり考えるうちに「まあそれでもいいかな」みたいな気持ちになってきた。去年から始めた事務バイトの経験からオフィスでの仕事にも興味が出始め、特にデータベースを使った仕事の効率化にすごく興味がわいていたときだった。加えて、日本の大学で勉強してきたこともどちらかというとビジネス寄りの授業が多く、その道を掘り下げるという意味でもMBAに進むことは適している気がしてきた。おまけにこの学校はキリスト教にしては珍しくGLBTサークルやGLBT差別禁止方針もちゃんと存在して、ゲイの教授やスタッフも多数いるとのことだった(オフィサー談)。

ということで、外国語教師になる夢はあっさりあきらめて、MBAへの道を進むことにしたのだった。いろいろな理由から「偶然」そうなったといえばそれまでだが、結果的にはMBAに進んで本当によかったと思っている。教師はある意味「教育」という分野に凝り固まる職業だが、MBAはビジネス一般を学ぶので、就職の時にも業界や分野を問わず、非常に応用がききやすい学問なのだ。

そうやって進学先も決まり、学生ビザも無事下りて、いよいよ留学開始まで秒読みが始まった。
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by dice_michigan | 2005-03-01 11:40 | 自分史