ミシガン州に住んで丸8年。5年前にデトロイト市内に引っ越しました。デトロイトのことや、自分のこと、大好きなマライアのことなどについてのブログです。(photo by nasa)


by dice_michigan
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カテゴリ:さるさるリサイクル( 10 )

Upper Peninsula (2003)

2年前に行ったUpper Peninsulaの日記を再掲します。

2003年10月11日
地図を見ると分かるが、ミシガン州は五大湖に囲まれた2つの大きな半島の集まりである。下のほうの手袋のような形をしているのがLower Penninsulaで、上がUpper Penninsula(UP)と呼ばれている。

今週末は1泊2日でUP(「ユーピー」と読む)へのドライブ旅行へ行ってきた。まずはデトロイト都市圏からI-75をひたすら北上。色鮮やかな木々が美しい州有林や国有林を抜けて、4時間後に2半島を結ぶMackinac Bridgeまで到達した。この橋はアメリカで一番大きな吊り橋だそうで、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジよりも一回り大きいんだそうだ。高いところまで来ると、結構迫力がある。しかも橋の道路部分は鉄格子状になっていて下が見える仕掛けになっているので、恐さがさらに倍増。なんでもこの付近は風が強いことが有名で、時々小型車が風で橋から吹き飛ばされて湖に転落する事故が起こるらしい、なんていう迷信じみた恐い話もある。

UPへ入るとそこはただひたすら深い森。時々通過する小さな町にはコンビニとガソリンスタンドがあるだけ。マクドナルドもなければウォルマートもない、もちろん携帯の電波も届かない、かなり田舎な地域だった。

色鮮やかな森を縦断して、今日の目的地であるTahquamenon Falls State Parkに着いた。ここには平らなミシガンにしては珍しく滝があるのだ。

駐車場に車を止め、深い森の中へ。やはり車を降りて間近に見る木々はよりいっそう美しい。さまざまな色の木の葉が風でざわめくごとに一斉にハラハラと落ちるさまを見て、思わず自分の中にある魂が呼応する。まるで木の精に話しかけられているような気がした。

腐敗した木々や岩石からのミネラルが混じった滝の水は透きとおった茶色で、結構な水量があった。美しい!Dもこの場所から何かしらのエネルギーを感じているようだった。ネイティブアメリカン達もこの場所を神聖な場所として崇拝していたんだろうか?

滝の水で心が洗われた後は、宿泊先であるコテージへ。インターネットで見つけたこの宿は、小さな一軒家のコテージを丸ごと借りて一泊85ドルというなかなかリーズナブルな所だった。写真で見たのとは雰囲気がちょっと違ったけど、静かだったし部屋の中にあったストーブで薪を燃やしたりしてちょっとしたキャンプ(?)気分を味わえた。

夕食はコテージを所有するおばさんのレストランで。こちらは割と雰囲気が良くて、「軽井沢のペンションに来ました」っていうような気分を味わえたのでOK。

その後はおばさんが教えてくれた、この町で唯一のバーへ行ってみることにした。だが、中に入った瞬間、ここに来たことを後悔した。ここ、怖すぎ!失礼ながら、周りはみんな柄の悪いローカルのRedneck達だったので、僕ら、浮きすぎ!「都会からのよそ者が来たぜ」みたいな感じでみんな僕らのことをジロジロ見るので、いてもたってもいられなくてビール一杯飲んだだけで店を出た。あー、怖かったー!

というわけで僕らはコテージに引き返し、二人で本を読んだりして静かな夜を過ごした。

2003年10月12日
朝ごはんもオーナーのレストランで。今日は宿泊者の他にも地元の客もいて、彼らはみんな「狩人」or「きこりさん」といったイメージ。僕らとは全く違った世界に生きている人たちなんだなーと思った。

今日はスーペリア湖とヒューロン湖を結ぶカナダとの国境の町、Sault Ste. Marie(読み方分からないでしょ?フランス語で、「スーセインマリー」と読むのです)へ。ここには高さの違う二つの湖をタンカーが通れるように、運河のエレベーターとも言うべきLocks(日本語訳は「閘門(「こうもん」と読むらしい)」だって)があるのだ。構造はいたって単純で、要は二つの堰でタンカーをはさんで、片方のゲートから水を流して、あとはタンカーの浮力を利用して高さを調整するといった仕組み。冷たい風にさらされながらも、展望台から巨大なタンカーが上がり下がりするさまを何度か見届けた。たかが数メートルの昇降のためにこんなに大規模な装置が必要なんて、自然は侮れない!

それを見た後で家に帰ることにした。片道5時間のドライブは結構長いけど、それでも音楽を聴いたり、観光案内や雑誌の記事をDに朗読してあげたりして割と退屈しないで時間を過ごせた。

というわけで、今週末の旅は自然を満喫できてかなりおもしろかった!
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by dice_michigan | 2005-10-21 09:21 | さるさるリサイクル

3年前の大移動

前の投稿がちょっと暗かったので、気分を入れ替えて、昔の思い出回想コーナー。実は昨夜Dの誕生日祝いに外出したのですが、そのときに「○年前の今頃の思い出」とか、「デトロイトが好きになったきっかけ」とか、いろいろと昔話に花が咲いたのでした(お互い歳を取った証拠でしょうか)。

今回は3年前の2002年にテキサスからミシガンに引っ越したときの日記を一挙公開!

8月21日(水)

今日から3泊4日、2000キロのアメリカ縦断の旅に出かける。果たして無事目的地であるM州まで到着できるだろうか。心の中は不安と緊張でいっぱいだった。

午前中に荷物を全て車に詰め込み、お昼頃出発した。ガソリンを満タンにして高速道路に乗る。とうとう始まってしまった僕の引越し。さよならオースティン!3年間ありがとう!

マライア(車)の走りはとてもよかった。車後部に取り付けた自転車が落ちないか心配だったが、風圧や振動にもしっかり耐えていたようだ。

今日はウォームアップの意味合いも含めて短めのドライブ。3時間とちょっとで目的地のテキサス州フォートワースに到着した。ここには僕が昔日本で働いていたころの上司であるYさんが住んでいるのだ。今夜は彼女の家に泊めてもらうことになっていた。

久しぶりにYさんと会って、近くの公園を散歩したり庭で夕涼みをしながら彼女の妹の帰宅を待った。夜は妹と3人でホームディナー。Yさんの自慢の料理を振舞ってもらった。ちらし寿司、サトイモの煮っ転がし、キンピラごぼうなどなど、懐かしい味の品ばかり。しまいには日本でさえ今時珍しいヌカ漬けまで出てきた!心温まる家庭的な料理に大満足の夜だった。


8月22日(木)

昨日は快適なベッドでぐっすり眠れた。朝シャワーを浴びてからリビングに行くと、Yさんが朝食を出してくれ、さらに昼食用にとおにぎりまで作ってくれた。これから心細い一人旅を続ける僕にとってはすごくうれしいもてなしだった。

9時ごろYさん宅を出発して、次の目的地であるテネシー州のメンフィスに向かった。出発から3時間ほどでアーカンソー州に突入。クリントン大統領の出生地やアーカンソー最大の町リトルロックなどを通過。アーカンソーはテキサスに比べて緑も豊かでとてもきれいな州だった。

もう少し時間に余裕があればいろんなところに寄り道してみたかったけど、今日は500マイル(800キロ)を走破するという課題があったのでひたすら高速を飛ばした。

8時間あまりのドライブの後、アーカンソーを抜けてミシシッピー川を渡るとすぐにメンフィスに着いた。だが、メンフィスを入ったと同時にものすごい雨と嵐。こっちの雷は迫力が違うのでびっくりした。まさか自分の所に落ちるわけはないとは思いつつも、回りには何もない寂しいハイウェイを走るのは結構勇気がいった。

しばらくして無事に目的地であるDのお兄さんの家に着いた。そう、僕の恋人Dはメンフィス出身の南部男なのである。メンフィスには彼の両親や兄弟のほとんどがいる。このお兄さんは最近コロンビア人の女の人と再婚して二人で住んでいる。僕にとってはどちらも初対面(メンフィスに行くのも初めて)。はじめは少し緊張したけど、何せ5人兄弟のうちDにとって特に仲のよかったお兄さんだけあってすぐに打ち解けることができた。

3人でメンフィスで一番有名というバーベキューレストランに行って名物のポークリブを食べた。テキサスのBBQと違ってドライでコクがあってすごくおいしかった。その後はブルースのライブミュージックで有名なBeale Streetを散歩したりして簡単な観光を終えた。

メンフィスはオースティンに比べてすごく歴史の深い町であることがよくわかった。と同時にエルビスプレスリーやアルグリーンの故郷ということもあり、音楽ファンのメッカでもある。時間さえあればブルースのバーとかに行けたらよかったな。まぁきっとまたメンフィスに行く機会はあるだろうから、そのときのお楽しみということにしておこう。

家に帰ってからは3人で日本やオースティン、メンフィス、そしてコロンビアのことなどに話が咲いた。このコロンビア人の奥さんは英語がほとんど話せないので、お義兄さんが独学でスペイン語をマスターしたんだそうだ。僕もお義兄さんと話すときは英語で、奥さんと話すときは片言のスペイン語でコミュニケーションをとった。去年がんばって勉強したスペイン語だけど、ほとんど忘れてるー!でも話しているうちに何となく勘が戻ってきた。お義兄さんも僕がスペイン語を話せることに感心していた。

昨日に続いてとても家庭的なもてなしを受けた夜だった。


8月23日(金)

お義兄さんは朝6時半に仕事に行ってしまったので、僕はお義姉さんと二人で朝ごはんを食べた。会話はほぼ100パーセントスペイン語。何となく単語を並べるだけで意思の疎通ができるもんなんだね。「こんな風に毎日スペイン語を話していればきっとすぐに上達してマスターできるんだろうなぁ」なんて思うとお義兄さんがうらやましくなった。まぁ僕もDと会ったおかげでだいぶ英語が上達したんだけどね。っていうか「お義姉さんもちょっとは英語勉強しろよ」と突っ込みを入れたくなったけど、そんなのは僕が言うようなことじゃないよね。

メンフィスを出発してからは再びアーカンソーに戻り、ひたすら北上。ミズーリに突入すると回りは見渡す限り一面とうもろこし畑。他に何もないのでしばらくするとかなり飽きてしまった。数時間後にイリノイに入ってからは森や丘が増えて少し面白くなってきたけど、その後すぐ嵐に遭遇。今回はものすごい風。「そういえばこの辺ってトルネードとか発生するのかな?」なんてびくびくしつつ、大風にあおられながら何とか嵐を乗り切った。

今夜はイリノイの学園都市シャンペーンのホテルで夜を越した。学園都市なら治安も問題ないと思ってのことだった(後部座席やトランクに荷物がたくさん積んであったので)。ホテルで一息ついてから近くのスーパーに行って食料やビールを買い、夜はホテルでのんびり過ごした。

この町にはベアーズというプロのアメリカンフットボールチームがあるらしく、今夜は試合観戦をしにたくさんの人が来ていたようだ。このホテルにもユニフォームを着たファンたちがたくさん滞在していて、夕方になるとみんなシャトルバスに乗ってスタジアムへと向かっていった。深夜は宴会でうるさくなるかなと心配だったけど、みんなマナーのよい人たちだったようで、ぐっすり熟睡することができた。

明日はいよいよミシガン入り。今のところマライア(車)はまったく問題なし。偉い!


8月24日(土)

シャンペーンを出発し、シカゴの近くを経由してM州に入る予定だった。シカゴではアメリカにしては珍しく有料道路を通るということがわかっていたので、いったいいくらするんだろうと思っていたら何とたったの30セント!安いねぇ!

M州に入って初めてのパーキングエリアは観光案内所になっていて、週末ということもありシカゴなどからのキャンプ客などで賑わっていた。M州、特にこのあたりは今まで通ってきた他の州に比べて格段に美しかった。いよいよ最終目的地がある州に着いたんだと思うと心も躍ってきた。

そこから3時間ほどで目的地に到着した!アメリカ縦断大成功!!よくやったね、マライア!うれしくてその日は再びスーパーでビールを買ってひとり家で宴会をした。

着いたー!!


8月25日(日)

明日の初出勤に備えて近くの量販店でシャツなどを購入。会社はビジネスカジュアルの服装でいいということだけど、僕が持っている服はほとんどがカジュアル過ぎるので、会社にも着ていけそうな割と地味なシャツを数枚買った。

こっちで携帯電話も購入。今までCingularという電話会社を使っていたけど、3年も使って飽きてきたのでVoice Streamに変更。1年契約でNokiaの小さい電話もタダでくれたし、料金プランも安めでお買い得感たっぷり。こっちで競合相手であるVerizon WirelessやAT&TはVoice Streamに比べて割高なのだ。

明日の初出勤のことを考えると緊張~~(汗)。

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そして2002年8月26日(月)から今の会社の一員になったのでした。昨日は3周年のアニバーサリーでした。3年って結構早かった。
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by dice_michigan | 2005-08-28 03:04 | さるさるリサイクル

去年の花火大会の様子

今回のデトロイト花火大会の様子を書いていて、「去年の花火のことを書いた日記もリサイクルしなきゃ」と思っていたのだが、よくよく調べてみるとすでに昔の投稿で再掲載されていることに気がついた。

ここの下の方にありました。

イヤだわぁ、最近物忘れが激しくてぇ(とオネエでごまかす)。
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by dice_michigan | 2005-07-04 18:15 | さるさるリサイクル

去年に引き続き…

ブログネタがなくなってくると帰ってくる、さるさるリサイクルです。去年の今頃はこんなことしてました。今年も今週末に同じイベントが開かれるので、Dと一緒に飲み物売ります!今週末は暑くなりそうなので、楽しくなりそうです。

もし地元の人でそれらしき人を見たら、「Diceさん?」って声かけてくださいね。

2004年6月12日 Volunteer Opportunity

デトロイトのミッドタウン(Wayne State University周辺)でDetroit Festival of the Artsというイベントが行われた。今日は友達に誘われてボランティアとしてこのイベントのお手伝いに行ってきた。

僕らが配属になったのは飲み物売り場。ソフトドリンクや水はもちろん、ビールやワイン、マルガリータの販売もする。ちゃんとブースにマネージャーがいたので、僕らは彼女の指導に従うだけで、何か問題があれば彼女に報告するだけでよかったので楽だった。

僕らが到着したお昼過ぎはまだ寒くて人もまばらだったけど、時間がたつにつれ徐々に人が増え始め、最後のほうは行列ができるほど忙しかった。実は僕、こういうサービス業の仕事が大好きなのだ。いろんなお客さんにサービスして喜んでもらえるのはすごくうれしい。最後の頃には何度もビールを買いに来るリピーターのお客さんもできた。笑顔で丁寧な接客が好評だったに違いない(うぬぼれ?)。

5年くらい前に一度、東京のレズビアン&ゲイ映画祭でもバーセクションでボランティアをしたことがある。そのときもいろいろな人たちとの出会いがあって楽しかった。こういうボランティアならいつでも喜んでやりたいな。
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by dice_michigan | 2005-06-08 09:11 | さるさるリサイクル

Religion and Me

まだまだYolanda Adamsがヘビーローテーションな今日この頃、昨日の宗教観の投稿の基になったような過去の日記をいくつか再掲します。

この投稿は2004年6月11日にさるさる日記に掲載されたものです。

Saved!

「Saved!」を見てきた。僕がひそかに好きなMandy Mooreやマコーレーカルキンなどが出ている低予算コメディー映画。Mandyが演じる、人々を「救う」(キリスト教に改宗する)ことに躍起なクリスチャンスクールの女子高生。彼女の恐ろしいまでの信仰心をおもしろおかしく皮肉りながら、「本当の幸せとは何か」について深く考えさせる、とてもいい映画だった。

僕は宗教を否定するつもりはないけど、アメリカのキリスト教徒ってMandyが演じた女の子のように押し付けがましい人が多くて正直苦手。逆に言うと、その教えに従わないと罰が下るというような考え。

極端なのは、ゲイプライドなどのイベントに必ずいる、反同性愛者の活動家たち。「ゲイは地獄に落ちる」なんて言われてもねー。「あんたたちが何を信じようが構わないけど、その考えを押し付けるのはやめてくれ」という感じ。そんなことに労力を使うよりももっと社会をよくする方法はたくさんあるだろうに。

今日の映画の中にもゲイの男子高生のキャラクターがいて、Mandyちゃんはおせっかいにも「彼を『救う』(ストレートになるよう祈る)会」なんていうのを開いていて、身の毛がよだつ思いだった。こういうの実際にありそうで恐い!「そんなの絶対無理だよ」なんて言っても、奇跡を信じる人たちにはきかないんだろうなぁ。

「あなたは神を信じますか?」という質問は、日常的にもよく聞かれる質問だ。僕はどうだろう?普段は無宗教で通しているけど、何となく自然のスピリットや先祖の魂、守護神みたいなものは存在するような気もする(神道に近いのかな?)。でもお祈りすることは滅多にないけどね。

いろいろとネガティブなことを書いちゃったけど、この映画、オススメです。

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次はDの仕事が決まったときに書いた、「運」と「縁」について。

この投稿は2004年6月25日にさるさる日記に掲載されたものです。

BREAKING NEWS!!

就職活動中だったDにある会社から待望のオファーが来た!世の中のIT不況、ITオフショア化、ミシガンの高失業率など、Dにとってはものすごく厳しい状況だった。実を言うと、数日前までDは「もしこの会社がだめだったら、もうIT産業での就職を諦めて、スーパーとかで働くよ」なんていうことを本気で話していたのである。だが結果的には5回目の面接を今日パスして、内定獲得。待遇も仕事内容もとてもいい仕事なので万々歳だ。

不思議なことに、先月のカナダ旅行から帰ってきてから、何となく二人の運気というものが上がってきているような気がする。何か理屈では説明できないパワーみたいなものを感じる。ちょっと超自然的。

さらに、日記には書かなかったけど、おとといの花火を見た建物のフロアは、偶然その数日前にDが面接をした場所でもあったのだ。後で分かったことだけど、花火会場にはその会社の関係者も来ていたようだ。不思議なめぐり合わせというか、何となく何かに導かれているような気もする。運命?縁?何て表現していいのかよく分からない。おとといの鮮やかな花火は、今日の内定を予告する象徴だったのかな、なんて今になって思ってみたり。

それはさておき、あと2週間後とちょっとで社員研修がスタートする。それまで思う存分自分の時間を楽しんでおくれ~。

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だんだん話は逸れていくけど、次はその花火大会の日の様子。

この投稿は2004年6月23日にさるさる日記に掲載されたものです。

Fireworks

デトロイト川でデトロイトとお隣カナダのウィンザー市の親交を記念する花火大会が開かれた。運良く友達G君が花火のまん前のビルに勤めていて、会議室を開放してくれたのでDと二人で行ってきた。

G君の同僚やその家族なども来ていたけど、G君関係者はみんなゲイ。僕も同じ会社内で仕事をしているので顔見知りも何人か来ていた。その他に初めて会った人たちも面白い人が多くて楽しかった。G君がソフトドリンクに見せかけてラム酒をこっそり持ってきてくれたので、ラム&コークにして飲んでみた。ラムも結構おいしいわね。ゴクゴク。

9時ごろからテレビではオープニングアクトとしていろいろなパフォーマンスが行われた後、カナダとアメリカ国歌の斉唱。いつも思うんだけど、カナダの国旗を見ると心が和むのに、アメリカの国旗を見るとちょっと威圧感を感じる。僕にとってはアメリカよりもカナダのほうが相性がいいのかな。

10時が過ぎ、いよいよ花火の時間になった。下界は人ごみで埋め尽くされている。僕らは30階の会議室の窓のまん前に陣取って、テレビから流れる効果音楽と一緒に3つの打ち上げ台から上がる花火を楽しんだ。こんなに間近で花火を見たのは生まれて初めて。日本の「どーんっ、ぱーんっ」というテンポと違ってここの花火は「どどどどどど」と絶え間なく打ち上げられて大迫力。あまりの美しさにため息や歓声の連続だった。20分程度の短い間だったけど、色とりどりの花火を存分に楽しむことが出来た。

花火も終わって帰る頃にはすっかり出来上がってしまった僕。ラムって後から酔いが来るかも。車まで歩いているときには渋滞でノロノロ運転している車に話しかけたり、トロピカルな花をあしらったレイをもらって気分はJasmine Trias(アメリカンアイドルに出ていたアジア系の女の子)になってしまって踊り始めたり(周りにはWilliam Hung君に見えていたかも(汗))、ちょっと後で思い出すと赤面ものの行動にでてしまった。D以外、近くに知り合いがいなくてよかった(笑)。
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by dice_michigan | 2005-03-29 11:49 | さるさるリサイクル

Detroit vs. Austin

約2年前に日記に書いた、オースティンとデトロイトの比較。ミシガンを分かったような顔をしてこんなことを書いているけど、フッ、あの頃はまだ青かったわね(笑)。

この投稿は2003年3月16日にさるさる日記に掲載されたものです。

Austin番外編

せっかくの機会だから、オースティンとデトロイトの違いを書いてみよう。

一般的にテキサス州っていうと、カウボーイだのサボテンだの、田舎っぽくて保守的なところというイメージが定着しているのではないだろうか。

確かにテキサスの大部分のエリアはそんな感じだ。でもオースティンは違う。

全米最大の学生の町(テキサス大学は学生数約5万人)、第2のシリコンバレーと呼ばれるほどハイテク企業が集まった町、人口の半分近くがメキシコ人という町、オースティン。その雰囲気はとても開放的で、僕にとってはとても住みやすい町だった。

それに対して、デトロイト都市圏はすごく保守的で階層社会が根強く残っているという印象を受ける。まず、寒い地域だからかもしれないけど、人々のファッションが黒とか灰色がメインのコンサバ系が多いのが印象的だ。スーツを着ている人を見るのが珍しいオースティンに対して、デトロイトでは裕福な家庭の場合、子供ですらスーツ姿で外出しているのをよく見かける。Tシャツに短パンが定番のオースティンとは大違い。

高級車を乗る人が多いのも、さすが車の街デトロイトならでは。きっと社員割引とかで安く買ってる人もいるのだろうけど、普通だったらなかなか手が出せないようなキャデラックとかリンカーンとかがそこらじゅうにウヨウヨしている。ただしそれはデトロイト都市圏の中でも裕福な地域にいる時に限ったことで、貧しい地域に行くと全く別の世界があるのだ。

街の概観も全く異なるこの2都市。オースティンはここ最近になって産業が急成長し、ITバブルが崩壊した今でもいろんなところで開発が進んでいる割と新しい街。それに対してデトロイトは、過去の栄光を象徴する素晴らしい建築物が今では荒れ果てた廃墟となっている。

オースティンとデトロイトの違いを比べると、つくづく「アメリカって広いな」と実感させられる。「どっちがいい」とかそういう話は抜きにして、2つの全く特徴の異なる都市圏を比べるのはおもしろい。
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by dice_michigan | 2005-03-22 11:37 | さるさるリサイクル

The Moment of Job Offer

今の会社から内定をもらった日は、NYにてバリバリ就職活動をしていたときでした。その時の様子です。

この投稿は2002年8月6日にさるさる日記に掲載されたものです。

NY Trip - Day 3

8/1(木)

昨日のリクルーター達からいくつか反応が入り、今日は電話面接、明日はマンハッタンで別の会社と面接、来週はシカゴ行きが決定した。あわただしく変化していく僕の人生。

朝は少しリラックスしようと思い、Dと二人でセントラルパークへ散歩に出かけた。東京で言う代々木公園のようなこの巨大な公園も、北のはずれのほうは「ここは本当にマンハッタン?」と思えるほど静かで、うっそうと茂る森の中でかなり心が落ち着いた。

Dはメトロポリタン美術館に行き、僕は電話面接の準備のため友達のアパートへ戻ることにした。

電話面接の準備はすぐに整った。深呼吸を繰り返しながら約束の時間を待っていたが、その15分ほど前に僕の携帯電話が鳴った。

電話はミシガンのリクルーターからだった。

「Diceさん、おめでとうございます。先日のミシガンの会社から内定がでました」

その瞬間、僕の頭の中ではバラが花開き、クラッカーがはじけ、拍手喝采の嵐が鳴り響いた(そんな感じがした)。詳細は後ほど聞くことにして、とりあえず電話を切った。うれしい、うれしすぎる!友達のアパートのキッチンで一人で飛び跳ねながら喜びを噛みしめた。

電話面接の時間までに何とか落ち着きを取り戻し、電話面接は1時間ほどで無事終了した。いわゆる圧迫面接形式で、かなり突っ込んだ質問や挑戦的な質問が多くてすごく疲れた。でも面接には合格し、2週間後にシカゴのオフィスで2次面接が行われるということになった。

その後正式にミシガンの会社から電話連絡が入り、オファーの内容を口頭で聞いた。僕にとってはすごくいい条件だ!もうこの時点でほぼ決心はついていた。

とりあえず他のリクルーター達に電話して、明日のアポは全てキャンセルしてもらった。来週以降のアポは明日考えることに。

いろいろなことが目まぐるしく起きては絶えず変化していく。でも、僕の就職への道はほぼ固まってきた!

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次はもう少しさかのぼって、この会社に面接に出向いたときの日記です。

この投稿は2002年7月23日にさるさる日記に掲載されたものです。

Interview Trip to Michigan - Day 2

朝8時にタクシーがホテルに迎えにくることになっていたので、5時半に起きて、シャワーを浴びて、面接の最終準備をした。先週あつらえてもらったばかりのスーツを着ると、なかなかパリっとしていて凛々しく見える。この外見と釣り合うように、自信を持って面接に臨むことにしよう!(スーハースーハー<深呼吸)

タクシーが会社に到着し、受付の方が中へ案内してくれる。人事担当のアメリカ人女性はすごく気さくな人でホッとした。面接のためのアンケート用紙に回答をしている間、何人かの社員らしき人たちが僕の前を行き来する。みんないい人そうだ!

アンケートの記入が終わり、いよいよ面接会場に案内された。しばらくすると、人事の方と共に日本人の男性3人が部屋に入ってきた。1対4の面接か~。緊張するけど頑張ろう。

面接は全て英語で行われた。英語力という点では多少自信があったので、なるべく的確に、簡潔に答えるよう最善の努力を尽くしたつもり。

感触はなかなかよかったと思う。その会社の印象もすごく良かった。あとは結果を待つのみ。

受かってほしい。でも受からなかったら、運が悪かったと思って潔くあきらめよう。
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by dice_michigan | 2005-03-09 12:21 | さるさるリサイクル

How It All Started

今回は意外と知られていない(?)、Dと僕の馴れ初めからつきあいはじめた頃までを紹介。


この投稿は2002年5月1日にさるさる日記に掲載されたものです。

3rd Anniversary

何を隠そう今日は恋人Dと僕との3周年のアニバーサリー。3年前に何があったかって?その前に初めて知り合った頃からのいきさつを説明しよう。

Dと僕が知り合ったのはおよそ6年前の1996年。たまたま僕が運営していたウェブサイトをDが訪れ、メールをくれたのがきっかけ(注:別にエロサイトでも出会い系でもない)。始めはお互いがゲイだということすら知らなかった。しばらくは毎日のようにメールのやり取りをしていた。「すごく頭がよくて、物知りな人だ」というのが僕の彼に対する印象だった。

その頃彼はアメリカに住んでいたが、年に数回出張で日本に来ていた。そして96年の夏、ついに二人が出会う機会が訪れた。新宿駅前で待ち合わせて、イタリアンレストランで夕食を食べ、その後2丁目のゲイバーに行ってしばらく飲んだ記憶がある。その後も1ヶ月間彼が日本に滞在している間に花火大会や海水浴などに行った。でもその頃はあくまで友達としての付合いだった。

97年になると彼が仕事で1年間日本に住むことになった。1年が経つうちに二人の関係は急接近し、もはや離れ離れになることなど考えられない間柄になっていた。毎日のように逢っては一緒に幸せなときを過ごした。98年に彼は祖国アメリカに帰国、僕は彼の後を追いアメリカへ留学することを決意した。

そして3年前の99年の5月、僕の留学先が正式に決定し、二人でメキシコ旅行に出かけた。これがいわば僕らのハネムーン旅行であった。メキシコの美しい海辺で二人の愛情を確かめ合い(何だか照れる(^_^;))、5月1日を二人の記念日と決めたのだ。

去年のアニバーサリーはメキシコ旅行に行ったっけな。今年は卒業など他のイベントが控えているので、地元でおとなしく過ごすことにした。週末にお気に入りのレストランに行ってアニバーサリーディナーを食べる予定だ。

3年か。。。長いようで短かった。その間何度か困難に直面したけど、今でも二人で幸せに暮らしている。これからも末永くよろしくね>ダンナさん。
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by dice_michigan | 2005-02-17 11:26 | さるさるリサイクル

Neko

前回に引き続き、猫に関する投稿をいくつかお届けします。


この投稿は2001年6月12日にさるさる日記に掲載されたものです。

A day with Nikko

b0023611_12194545.jpg毎朝6時半に日光に起こされて僕の一日は始まる。日光は僕の目覚し時計。普通の目覚し時計だと寝過ごすこともたまにあるが、日光が相手だといつも喜んで起きてしまう。目覚めとともに愛する猫の顔を見る至福のひととき。

学校・仕事から家に帰ってくると日光はいつも玄関で出迎えてくれる。着替えてソファーでのんびりしていると、日光もいつも僕のお腹の上で昼寝をする。彼女の幸せそうな寝顔を見ながら僕も自然と笑顔になる。

最近日光はキッチンカウンターに登れるようになってしまったので、まめにキッチンの掃除もするようになった。廊下のダストシュートにゴミを捨てに行くときは日光も一緒についてくる。日光にとって、家の外に出るめったにない機会。それでも日光は決して遠くには行かない。

夜僕らが寝るときだけ日光は姿を消す。僕らの睡眠を邪魔するようなことはめったにない。6時半になるまで、いったい日光は何をして、何を考えて過ごしているのだろう?夢見心地にそう考えながら僕は深い眠りに落ちる。


この投稿は2001年6月24日にさるさる日記に掲載されたものです。

Sacha's Diary

あたしサーシャよ。たくさんの友達と生活を共にしたペット孤児院とも昨日でお別れ。とても優しそうなおじさんにもらわれたの。その人は別の若くてかっこいいお兄さんと一緒に住んでいて、家はとても清潔で快適そのものよ。

b0023611_12223244.jpgその家には日光という別の猫ちゃんがいるの。日光は私の存在にまだ慣れないみたいで、ずっとあたしの後をついてきて行動を監視してるの。日光はあたしより一回りも年下だから、きっとまだ人生経験が足りないのね。でもあたしは日光とうまくやっていけると思うわ。時が全てを解決してくれることでしょう。

それよりも新しい家を探検するのがとっても楽しい。家のすみからすみまで歩き回っちゃった。新しいお父さん達も好きよ。たくさんなでなでしてもらってとっても気持ちいいの。

あたしこの家にもらわれてほんとによかった。これから楽しい人生を送ろうと思うわ。


Nikko's Diary

あたし日光。昨日突然不思議な生き物がうちにやってきたの。その生き物は遠い昔に見たことあるような気がするけど、でもよく思い出せないわ。ずうずうしくあたしの縄張りに入って来てどういう気かしら。しかも家中をこそこそと嗅ぎまわって怪しいわ。

そいつはやけにあたしと似てるのよね。背丈は同じくらい、食べるものも同じ、それにあたしと同じ言葉をしゃべるみたい。「あんた突然やってきて何様のつもりよ」って言ってみたけど、しらんぷりされたわ。しゃくにさわる。

b0023611_1223076.jpgお父さん達はそいつにやけに優しくしてて気に食わないわ。あたしもかわいがってもらってるけど、でもなんかお父さん達のあたしに対する愛情が半減したって感じ。そんな風に考えるなんて、あたしまだ子供なのかしら?

そいつはいなくなる気配がないから、しばらくうちに居候する気なのかしら?お客様をもてなすのはレディーとしての義務だから、これからできるかぎり仲良くするよう努力はするつもり。でも慣れるまでしばらく時間がかかりそうだわ。
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by dice_michigan | 2005-02-12 12:23 | さるさるリサイクル

Nikko Neko

この投稿は2001年4月9日にさるさる日記に掲載されたものです。

まだうちの猫の話をしてなかったので、紹介がてらちょっと書いてみます。

名前は日光です(猫の名前くらい実名公開しても平気よね)。メスの三毛猫で、現在生後11ヶ月です(来月1歳になるんだ!うるうる)。もう目に入れても痛くないほどかわいい我が家の美人娘なのです。

日光が我が家にやってきたのは去年の7月、彼女がまだ生後2ヶ月の頃でした。僕は前からDに「猫飼いたい~猫飼いたい~」って口癖のようにねだっていたんだけど、そしたらDは僕の誕生日に僕に内緒で「身寄りのない動物保護センター(こっちではアニマルシェルターと呼ぶ)」から日光をもらってきてくれたのです。

b0023611_141742.jpgその日僕は家に帰ってくると、何気なくバスルームのドアを開けました。するとなんともかわいい小猫が出てくるじゃありませんか!!思わず「ギャー」と叫び、即Dに抱きつきました。まえからDには猫が欲しいとねだっていたけど、その度にDは「ダメ」の一本張りだったので、まさかホントにうちに猫が来ることになるとは全く思ってもみなかったのです。今でもあの時の興奮は忘れられません。まるで竹林で思いがけずかぐや姫を見つけたような気分でした。

日光と名づけた所以はいくつかあります。
(1)栃木県の日光市は97年の夏にDとデートをした思い出の地である
(2)「日光」を英訳するとSunshine もしくはSunlightでなんとも素敵な名前である
(3)Nikkoはアメリカ人にも発音しやすい名前である

性格はおとなしくて甘えん坊、そして人懐っこいのが特徴です。ほとんど泣き声を上げず、泣くのは僕かDが家に帰ってきたとき、お腹が空いてるとき、ツナ缶を開ける音を聞いたとき(ツナ缶は日光の大好物なので、「残り汁でもいいからおすそわけしてくれ~」ってねだるのです)、しっぽを踏まれて痛いときくらいです。子供のときから僕の唇をなめるのが大好きで、僕が寝ているときなど寝込みを襲われることもしばしばです。

b0023611_1413133.jpgもらってきたばかりの頃は体重もわずか1キロちょっとで、ほんとに「小猫」って感じでしたが、その後すくすくと成長し、今は4キロちょいです。うちのリビングルームは黒に近いダークブルーの床と白いマット、そして茶色いソファーがあるのですが、三毛猫の日光はそのどの色ともマッチして、すっかり我が家の看板猫として定着しました。

制限文字数ぎりぎりになってきたので、今日の日光話はこの辺で。
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by dice_michigan | 2005-02-10 13:53 | さるさるリサイクル